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2013年1月10日 南青山REDSHOES  WHILKO JOHNSON -TOKYO SESSION 2013- 後編

「ウィルコー!」「ウィルコーー!カンバーック!」という声に応えて、相変わらずあり得ない人波をかき分けて、ウィルコも鮎川さんもしーナさんもベンジーも、みんなステージに戻ってくる。そして、とうとうLAST SHOWが幕を開ける。



大歓声の中最後に演奏された曲は…「Bye Bye Jonney」。この歌を歌いながらだったか、違う時だったのかもう曖昧としているけれど、確かにウィルコが言った言葉を憶えてる。それは、あの夜を体験した人も確かに聞いていて。その人は、こんな風に呟きを残してくれました。

「昨夜ウィルコは自分で「I've got cancer」「I'm gonna die」「I'll never see you again」「Bye bye Wilko」と言っていた。」

僕は癌になった。もうすぐ死んでしまうんだよ。だから、もう二度と君達には会えない。バイバイ、ウィルコ。

この夜、どうしてもウィルコに会いたかった私だけの理由、命の片道切符を切られた人はどう生きるのか、どうしてウィルコは抗がん剤治療を拒否する道を選んだのか、どんな心でここに立っているんだろう。どうしてもそれが知りたかった、それは、私の父も同じように、命の片道切符を切られてしまったから。

冬空の下で何時間も待っているとき、「もし中に入れたら、父の癌は治る」と願かけをしようか、なんて考えた。でも、入れなかった時のことを考えて出来なかった。親が先に逝くのは当たり前なのに、そんなことを考えたこともなかった。いつか遠い先ではない未来に、父ともう二度と、会えなくなる。

幸いなことに抗がん剤の副作用は出ておらず、効果も多少あるようで、仕事復帰はできないけれど普通の生活はできる。家族と過ごす、普通の生活。そんな当たり前の時間が、どれだけかけがえのないものだったか。私は、父に何ができるかな?これから、父はどうやって自分の人生を生きるんだろう?

そんなとき、ウィルコ・ジョンソンが末期がんの体で日本にやってきた。彼を尊敬し愛し、その魂を受け継ぐ仲間がいる、イギリスよりも愛してると言ってくれた遠い東の小さな国へ。そして、悲しいことの起こったその国に、自分が手にするもの全てを残していってくれた。ライブの収益を全て東日本大震災の被災地に寄付し、その生き様と魂を私達見せてくれた。それは、遠い西の国から来てくれたウィルコ・ジョンソンからの贈り物。

ウィルコのギターは私の目の前で今も華麗にマシンガンを放ち、目は生き生きと輝いていた。確かに痩せてはいたけれど、掌で触れたその背中は暖かかった。生きている暖かさだった。その背中に触れた時、ウィルコはきっと、最後の時間を病院のベッドで過ごしただ体を生きながらえさせるより、最後まで相棒だったギターを抱えて、会いたい人に会い歌いたい歌を歌って、生きてきた時間を感謝で満たしたかったんじゃないかな、そんな思いが掌から伝わって、悲しいのに暖かかった。

父の最期の時間は、父が選べばいい。私の最期の時間も、私が選ぼう。命の時間は本当に限られているんだ。限られた時間の中で借り物の時間の中で、本物の夢を見るんだと歌ったのは、あなたが生きている今日はどんなに素晴らしいだろうと歌ったのは、生きると言うことに命を賭けてみたいと歌ったのは、誰だったかな。ウィルコ・ジョンソンは確かに、最期の時間を、自分自身を生きると言うことに命を賭けていたよ。その姿を見ることができてそんな人間に会うことができて、あなたが生きていたあの夜は、本当に素晴らしかった。

ヒロトにマーシーにチバにベンジーに、ライブやフェスでアーティストに会う時、そのステージで彼らは命を最高に燃焼した姿を見せてくれる。私が見たいのは、その熱だ。炎のように燃えている、生きている熱に出会いたいんだ。それはライブでなくても、絵画を見ても本を読んでも仕事をしても、命が燃える瞬間はどこにでもある。そんな熱を、少しでも多く持てる私でありたい。ウィルコのように、最期の時を仲間と笑顔で過ごせるような人生を送りたい。そして父に、少しでも多くそんな時間を贈りたい。

最初で最後、たった一度だけ出会えたウィルコ・ジョンソン。その夜、私が見た全てをこの文章に残した。でも、私がウィルコから貰った贈り物は、感動は、全て書き残せるほど小さいものではない。生きると言うことに命を賭けている人に出会えば、きっと誰でもそうなると思う。

父の状態によっては今年のクロマニヨンズのツアーには行けないかもしれないし、クロマニヨンズは来年ツアーをしないかもしれない。先のことは何も誰にも分からない。それなら今、自分がするべきことをするしかない。だから、もしツアーに行けたなら、ヒロトとマーシーの新しい歌を、クロマニヨンズの音を、4人の命の炎を出来る限り感じたい、行けなければ、父に全ての時間を捧げたいと思う。

そういう覚悟をウィルコ・ジョンソンが教えてくれた。本当に、会えて良かった。あのとき鮎川さんは「奇跡が起きるかもしれないよ!」と言っていた。それは、奇跡を信じてると言うことに近いと思う。だから、私も信じたい。あれ?ウィルコ、また来てる?と、気がつけば小さいライブハウスで歌ってる貴方に、鮎川さんとシーナ、酔っぱらったバーチー、うろつくベンジー、花田さん、延原さんに、また何時間でも待って…いや、今度はちゃんとチケットを買って!(笑)会いに行きます。また会えることを信じています。


― ありがとうウィルコ、バイバイウィルコ…またね!―


Comment

No title

こんばんは。当日は4時間も並んでいたんですね。寒い日でしたが風邪引きませんでしたか?
私も当日組みで長時間ならんでなんとかフロアに入れた一人でした。
恥ずかしながら私半月程前までウィルコの存在を知らなかったんです。
ツイッターのフォロワーさんがYouTubeでいくつかアップしてくれたのを見てすぐに私、この人たちの曲好きだわと思ったのが始まりです。
東京でやってることも知らなくてその日の朝、南青山でライブがあること、病気であること、もう日本に来れないかも知れないということを知り
仕事を超特急で終わらせ向かったんです。
流石に2時間半待ち、始まってからは入れなくて入口の階段付近で、えっ?マジかよ!と少しお店のスタッフに腹を立ててしまいましたが、
その後でしょうか、ウィルコが登場してきて演奏が始まったんです。
あの場所にいた皆がそうだと思いますがウィルコをひと目見たくて徐々に徐々に店の中に入っていきました。
人が多すぎて実際はカウンター近くのTVモニターでウィルコを見れた感じです。ほぼモニター越しだけどあのウィルコの声、あの迫力に心奪われました。それまでの長時間待ち続けたことやスタッフの対応に腹立ててたことご飯を食べていないことなんてライブが終わるまですっかり忘れてました。ウィルコの病気のことも。
ただただ楽しい。もっと聞いていたい。
でももう今後、ウィルコにはもしかしたら会えないかもしれない。ライブは見られないかもしれない。
でも今回一緒に参加した鮎川さんやシーナさん、チバさんやベンジー、そしてヒロトの命を燃やした熱いステージは見ることが出来る。そうやって仮に姿がいなくなったとしても心を引き継ぐ人が現れて続いていくのかなと感じます。
長い詳細なブログ、お疲れ様でした。あの時のステージは終わってしまったけれどヒロラクさんのブログを見ればまたウィルコのライブ風景が戻ってくる。そんな気持ちになりました。
ありがとうございました。
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@hirorakuでツイッターもしていますので、いつでも声をかけてください^^
そちらもかなり痛い感じですが、いつものことなので、希少動物を保護するようにそっと見守って下さると嬉しいです。

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